スタッフブログ
2008.11.04 彼方の光
いきなりですが、短編小説を始めます。
尚、筆者と本文は一切関係有りません。そういう事でお願いします。
***************************
2001年7月
頂が次第に少しずつ赤く染まっていくのがわかる。
山荘の三階。細い丸太のバルコニーの縁に二人は同じ態勢になって佇んでいた。
待つ時間が過ぎるほどに体が震え、ざわめく。
これから起こるであろう現象をある程度予期してか、自身の肌が粟立っているのを自覚した。
永い夜がゆっくりと明けていく。
深い静寂が辺りを包んでいる。ここには音という概念が無いのかもしれない。
「来るぞ」
隣に視線を向けているが語り掛けている訳ではなかった。
その表情を確認するまでもなく直ぐに元の位置に私は視線を戻した。
いよいよだ。頂を上から下へと赤色が浸透して来たと認識したその次の瞬間、 それは閃光を放った。
黄金色に頂上付近の垂直壁が輝く。眩いばかりに。そしてそれがあたかも私達を照らしているが如くに。
「ああ、凄い・・・」
ながら、それを私は凝視し続けた。その閃光はさらに激しさを増していく様だった。
震えが止まらない。身体が硬直し、我が無になっていく。
止められない。
私を導いているのだ。その光の加減が激しければ激しいほどに。
時空を超え、私の心を溶かして天空にそれが舞い上がる。
傍らの薄い帯状の雲より遥か高みに。そしてより遠くに。
誰も止められやしない。そう、私は今この瞬間に生まれたのだから。
恐れる事など何も無い。ただ未来に生きるのだ・・・。
「神々しいとはこの事だね」
「そうねえ、本当に感動ね」
未だ頂上付近を互いに見上げている。
すっかり冷めてしまったインスタントコーヒーを私は口に運ぶ。
「とうとうここまで来たんだね。そう、ここまで」
「うん。遠かったね、ここまでね」
「ああ、これが見たくてここまで来たんだからね」
「そうね、本当にありがとう。連れて来てくれて」
彼女の視線が私に移った。
私も振り向き、視線が交差する。
「ああ、なんとかね。二人でここまでやって来た。そういう事だ」
そう言う自分の身体の震えが未だに止まらない。
先刻からカタカタと小刻みなリズムを刻み続けている。
早朝のアルプスの寒さだけが原因ではないのだ。それは分かっている。
そのまま視線を元に戻す。
「俺はやるんだ。そう、何があろうとね」
「え、何を?・・・するの?」
遠くの雪山を私は見ている。表情は見えない。だが感じるものがある。
「何かをね、やるんだ。決めたんだよそれを。たった今ね」
「ふうん。そうなの。何だろうね、それっていうのは」
黄金色の岩壁が失われていく。それに変わって見慣れた山容が浮かび上がるのがはっきりと分かる。
刹那、静寂も止み白濁とした雪解け水を湛えた川の音に初めて私は気づく。
時は止まらないんだ。変化し続けるものだから。
「それっていうのは・・・」
「・・・ は?」
「一生を賭けて探すものなんだ、生きている間ね。限などなく・・」
「ふうん。なんだか難しそうね、それって」
期待と疑念とに満ちた瞳が私を捉えているのが分かる。
震えが止まる。覚醒の瞬間は終わった。
自身の生き方に苦慮していたのだ。来る日も来る日も自分に追い詰められた。ここに来るまでは。
しかし今は違う。
「私は私に選ばれたのだから、自分の信じる生き方をしたい。それだけだ」
彼女の瞳が自身の思考を一巡させたのを物語った。
「独立?だっけ、色々出発まで忙しそうだったみたいだけど」
「苦しかった。ただ苦しかった。しかしね・・」
「しかし?」
「それも、これも、貴女も。 迷わないでね、生きるんだ。」
ツェルマットの街が動き出している。
ただそれは喧騒などという言葉とはかけ離れている。
生まれたてのそれに近い思いと同じくして。
TrackbackURL :
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |






